東京大学 理学系研究科 天文学専攻 2023年度 天文学
Author
Description
問 1.
光子1つ1つを検出できる単光子検出器を用いて, 天体から定常的に放射される光子の検出器への入射イベント(光子イベント)を測定する. 天体からの放射は相互に独立に起こる事象であるため, ある測定時間内に検出される光子イベント数 \(x\) (\(0\) 以上の整数)は確率変数となり,その確率分布は以下のようにポアソン分布に従う.
ここで \(\lambda\) は \(x\) の期待値である. なお, \(0! = 1\) である.
以下では, 天体から \(1\) 秒間に平均で \(n\) 個の光子イベントが検出される場合を考える.
(a) \(t^{\prime}\) 秒間に検出される光子イベント数が \(0\) 個である確率 \(p\left(t^{\prime}\right)\)をもとめよ.
(b) \(p\left(t^{\prime}\right)\) は, ある光子イベントと次の光子イベントの検出時刻の間隔 (待ち時間) が \(t^{\prime}\) 秒より長くなる確率とも解釈できる. 光子イベントの待ち時間を確率変数 \(t\) とし, その確率密度関数を \(g(t)\) とすると,
の関係が成り立つ. このことから,
となることを示せ.
(\(c\)) 光子イベントの待ち時間 \(t\) の期待値をもとめよ.
問 2.
光子イベントの待ち時間に見られる性質は, 相互に独立に発生する天体現象である超新星イベント (星の爆発現象) においても期待される. 以下では, ある観測時間内に発生する超新星イベントの数は確率変数であり, その確率分布はポアソン分布に従うものとする. 私達の銀河系の中およびその近傍 (近傍宇宙) では, 西暦 1987 年に出現した SN1987A が最後に観測された超新星イベントである.
地球から観測できる近傍宇宙における超新星イベントの頻度が50年に1回であるとし, SN1987Aの次の超新星イベントが西暦 \(Y\) 年に発生するとする。西暦 1987 年から \(Y\) 年の間に超新星イベントが発生する確率が \(0.5\) となる \(Y\) 年を整数で答えよ. 計算において自然対数 \(\ln(2)=0.693\) の近似値を使っても良い.
問 3.
光電効果により生成される電子を蓄積する検出器を用いて, 天体から定常的に放射される光子を観測することを考える. \(t\) 秒間の露光で検出器内に蓄積される電子の数を \(X_{s}\) とする.
\(X_{s}\) は確率変数であり, その確率分布はポアソン分布に従う. 式 (1) のポアソン分布は期待値 \(\lambda\) が十分に大きい場合に, 正規分布 \(\mathrm{N}(\lambda,\lambda)\) で近似できることが知られている. 以下では, \(X_{s}\) は,その期待値が十分に大きいため, 正規分布に従うものとする. また, \(t\) 秒間の露光終了後, 蓄積された電子の総数の測定値 \(X_{m}\) を得る際に, 測定誤差 \(X_{r}\) が生じるとする \((X_m=X_s+X_r)\). \(X_{r}\)も確率変数であり, \(\mathrm{N}(0,\sigma_r^2)\) の正規分布に従うものとする. \(\sigma_r^2\) は \(X_{r}\) の分散である. なお, 正規分布は以下の特徴を持つことが知られている.
(定義) 正規分布に従う確率変数 \(x\) の確率密度関数は,
と表される. ここで \(\mu\) は \(x\) の期待値, \(\sigma^2\) は \(x\) の分散である.
(正規分布の再生性) \(X,Y\) をそれぞれ正規分布 \(N(\mu_1,\sigma_1^2), N(\mu_2,\sigma_2^2)\) に従う独立な確率変数とすると, \(X+Y\)の確率分布は \(N(\mu_1+\mu_2,\sigma_1^2+\sigma_2^2)\) に従う.
(標準正規分布の線形変換) 確率変数 \(X\) の確率分布が標準正規分布 \(N(0,1)\)に従う場合,確率変数 \(Y=aX+b\) の確率分布は \(N(b,a^2)\) に従う. \(a\) と \(b\) は実数である.
(中心極限定理) 期待値 \(\mu\) ,分散 \(\sigma^2\) を持つ任意の確率分布に従う \(n\) 個の値を \(s_1,s_2,\cdots s_n\) とした場合,
の確率分布は, \(n\) が十分に大きい時に標準正規分布 \(N(0,1)\) に従う.
天体から1秒間に平均で \(m\) 個の光子が検出器に入射している場合を考える. ただし, 検出器に入射した各光子は \(1\) つの電子に変換される (量子効率 \(=1\) ) とする.
(a) \(X_m\) が従う確率密度関数 \(h(X_m)\) を, \(X_m,t,m,\sigma_r\) の関数としてもとめよ.
(b) 測定値の信頼度を示す指標として, 信号ノイズ比 (\(\mathrm{S/N}\) 比) を定義する. これは, 測定値が, 測定値の標準偏差の何倍かで定義される値である. \(m = 40, \sigma_r = 20\) の時, (\(\mathrm{S/N}\) 比) の期待値が \(30\) となる露光時間をもとめよ.
問 4.
計算機上で疑似観測データを生成する方法を考える. 区間 \((0, 1)\)上に一様分布するように生成した \(j\ (\gg1)\) 個の乱数 \(q_1,q_2,\cdots q_j\) を \(k\) (≫ 1)セット準備する. これらと中心極限定理を用いて, 問 3(a) の \(h(X_m)\) の確率分布に従う \(k\) 個の数値データ \(w_1,w_2,\cdots w_k\) を生成する方法を説明せよ. なお, 区間 \((0, 1)\) の一様分布の期待値は \(\frac12\) , 分散は \(\frac1{12}\) であることが知られている.
Kai
問 1.
(a)
\(t'\) 秒間に検出される光子イベント数の平均は \(nt'\) であるから、 式 (1) より、
がわかる。
(b)
式 (2) の両辺を \(t'\) で微分すると、
となるので、
を得る。
(\(c\))
問 2.
問 1. (b) の確率変数 \(t\) の確率密度関数 \(g(t)\) について、 \(0 \leq t \leq T\) の確率が \(1/2\) となるような \(T\) を求める:
これに \(n=1/50\) [回/年] を代入すると、
を得る。 \(1987+34.65=2021.65\) であるから、求める \(Y\) は \(2021\) であろう。
問 3.
(a)
\(X_s\) は期待値 \(mt\) 分散 \(mt\) の正規分布に従うとしてよい。 \(X_s\) と \(X_r\) が独立であるとすると、 与えられた性質 (正規分布の再生性) より、 \(X_m\) は期待値 \(mt\) 分散 \(\sigma_r^2\) に従うことがわかるので、
(b)
\(X_m\) の期待値と標準偏差はそれぞれ
であり、
となる \(t \ (\gt 0)\) を求めると \(t=30\) を得る。これが求める露光時間であろう。
問 4.
\(\alpha \ (=1,2,\cdots,k)\) 番目のセットの \(i \ (=1,2,\cdots,j)\) 番目の乱数 \(q_i^{(\alpha)}\) とする。(5)式を考慮して、
とおくと、与えられた性質 (中心極限定理) より、これは標準正規分布に従う。 よって、さらに
とおくと、与えられた性質 (標準正規分布の線形変換) により、 これの期待値は \(mt\) で分散は \(mt+\sigma_r^2\) であることがわかる。 このようにして \(w_1, w_2, \cdots, w_k\) を生成すればよい。